映画『グリーン・インフェルノ』の感想 – 高度な国際社会問題を扱ったエログロ・ホラー

グリーン・インフェルノ
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作品データ

原題:The Green Inferno
監督:イーライ・ロス
原案:イーライ・ロス
脚本:イーライ・ロス、ギジェルモ・アモエド
出演:ロレンツァ・イッツォ、アリエル・レヴィ、ダリル・サバラ、カービー・ブリス・ブラントン
音楽:マヌエル・リベイロ
制作:2015年、アメリカ

あらすじ(ネタバレなし)

女子大生のジャスティンは、アレハンドロ率いる積極行動主義のグループに参加する。

グループはペルーの熱帯雨林を開発しようとする石油化学企業を阻止するべく、アマゾン熱帯雨林へ行く。

実行の際、ジャスティンは危うく殺されかけるが無事、運動は成功する。

帰路につく途中、搭乗していた小型飛行機が突如エンジントラブルに見舞われ森に墜落、
カルロスを含め、メンバーの多くが死亡する。

生き残ったジャスティンたちはなんとか助けを求めようとするが、全身を真っ赤に染めたヤハ族の集団に襲撃されてしまう。

『グリーン・インフェルノ』の感想

グロいホラー映画ながら、これはなかなか高度な国際社会問題を扱っている。

グローバリズムが猛威をふるっている現在、
近代的な文明社会が普遍的な基準となるべきなのか?
いやそれとも、それがどんな野蛮な文化でも、民族の風習は尊重されるべきなのか?

これは一筋縄ではいかない問題だ。

冒頭、大学の人類学の授業で、第三世界の部族の割礼の儀式を学び、「野蛮な風習だ」と嫌悪の気持ちをあらわにした主人公ジャスティン。
その彼女が、アマゾンのジャングルの自然を破壊している企業の事業を妨害する過激な自然保護運動に参加する。

その帰りに飛行機が墜落し、人喰いの風習をもつヤハ族に捕まって、第三世界の野蛮な風習の餌食となる。

↓ここから先はネタバレあり↓

グリーン・インフェルノ

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ヤハ族に捕まった檻の中で、リーダーから、実は妨害した開発企業のライバル企業が自分たちのスポンサーだったことを知らされる。

つまり彼らは派手にグローバル企業の妨害をすることで名声を得て、それによって影響力を増すことができ、ライバル企業も開発の利権をもぎ取ることが出来るという、お互いウィンウィンの結果を手にすることができるわけだ。

ここに現在の国際社会でとある勢力どうしが、右手で殴り合い、左手で握手をしているという、ひとつの道理が示される。

映画の中のセリフに9.11が言及されていたが、確かに9.11のテロ事件も、もともとアメリカが中東を内戦へと誘導し、「世界の警察」という大義名分の下、中東の国々に内政干渉をして西側諸国にとって都合の良い国家に作り替えるという目的が先にあって、その流れに都合のよい形で起こったわけだし、裏でその手の取引があったのは大いに可能性があることだ。

現在のウクライナ情勢だって、メジャーメディアではプーチンが一方的に攻め込んだことになっているが、実はロシアを戦争に誘い込み、最終的には現在のロシアの体制を倒してプーチンが国営化したエネルギー産業の市場を再び解放させ、その利権にありつきたい西側諸国のグローバル資本家たちの影響力が裏にあることは多くの有識者の指摘するところである。

話しがそれたが、ホラー映画でこんな国際社会の裏取引の実態が描かれるとは、ずいぶんと高度な領域を扱って、なおかつ、それをうまくホラーのストーリーに絡めて描いたものだ。

グリーン・インフェルノ

虫除けスプレーを噴射する女の子。そういえば、後に彼女らにヤハ族たちが
群がる光景は虫がたかっているようだった。(出典:imdb

またラストが深い。
助かってアメリカに帰ってきたジャスティンは、ヤハ族の人喰いの風習を隠し、彼らを擁護する。

ヤハ族は、習慣で人を食う。
そこに悪意はない。

悪意はつねに「利権」という形で経済が発達した文明の中にある。
ジャスティンはそれを学んだのだ。

これまでの多重構造のストーリー構成が、ぜんぶがここにつながる。

いわゆる、冒頭で割礼の風習に嫌悪したジャスティンが、ラストで人喰いの風習を持つヤハ族を守る立ち位置になるのだ。

ここに見出されるのは、反グローバリズムの思想なのである。

グローバリズムとは、世界を共通の価値観(民主主義・自由経済)で統一することに他ならない。
それは個々の民族性・国民性の否定であり、そこからもたらされるのは、1%の巨大資本家たちの利権の温床が作り出されること。
ひいては、99%の大多数の民衆の奴隷化である。

また、民族性や国民性の消滅は、損得勘定を主体とした個人主義の蔓延を許すものであり、そんな利権構造に反対する民衆の団結を回避させるものでもある。
そう、グローバリズムが世界にすっかり浸透したその暁には、ジャスティンたちが参加した自然保護運動なども、「個人主義」の名の下に消滅するのだ。

こんなクソなホラーのストーリーが、そのまんまキレイにこの図式を具体化しているではないか。

お見事!

現在の国際社会のルールが自由経済と民主主義を基準としたグローバルリズムである以上、ヤハ族を滅ぼす以外に、その風習と折り合いをつけることは不可能である。
ジャスティンは今は嘘をつくことで、ヤハ族の野蛮な風習への対処を後世に保留したのだ。

それはこんな数パーセントの巨大資本家どもがその他大多数を支配するような、腐敗した利権構造が根底から覆される未来への淡い期待である。

このラストはそういう読み取り方をすべきなのだ。

そう、あの助けてくれたヤハ族の少年に対する恩義だとか、リーダーを見殺しにしたことへの保身だとか、そんなちっぽけな解釈で片付けるべきではないのである。

正直、映画じたいは気持ち悪くてまともに見られたものではなかったが、お話しは深いところまでよく掘り下げて作られていた。

エンドクレジットの最後に「ルッジェロに捧ぐ」とテロップ。

そう、この映画はかの傑作イタリアン・ホラー『食人族』のルッジェロ・デオダート監督へのオマージュなのだった。

そして『食人族』のテーマとは、ラストの博士のセリフ「本当の食人族はどっちだったのだろうか……」に象徴される、「本当に怖いのは文明人の方」というやつである。

評価

やはり『食人族』の出来にははるかに及ばないが、テーマだけはしっかりと『食人族』が描いたものからさらに深く多重的に掘り下げられていて、とてもいいと思った。
★★★★★


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