映画『男はつらいよ』シリーズの感想 – 寅さんシリーズを総括

男はつらいよ
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作品データ

監督:山田洋次、他
原作:山田洋次
脚本:山田洋次、朝間義隆、他
出演:渥美清、倍賞千恵子、前田吟、太宰久雄、三崎千恵子
制作:1969〜2019年、日本

あらすじ(ネタバレなし)

テキ屋稼業を生業とする寅さんが、故郷の葛飾・柴又に戻ってきては、何かと大騒動を起こす人情喜劇。

毎回旅先などで出会った「マドンナ」に惚れつつも、いつも失恋してしまう。

『男はつらいよ』シリーズの感想

寅さんと私

子供の頃に私は寅さんシリーズをたった2つしか見ないで、とうとう大人になってしまった。

この歳になって、そういえば私は日本人なのに寅さんをほとんど見ていないなあ、と思い至り、Netflixに全作がアップされているのをいいことに、第1作目から第50作まですべて見てみた。

もう、本当に、素晴らしかった。

さすが長寿シリーズだけあって、ほとんどハズれがなく、素晴らしい作品ばかり。

どの回も、笑って泣けて、最後は何か大切なモノを思い出させてくれた気にさせてくれる。

本来ならひとつひとつの作品を取り上げて記事を書くべきなのだろうが、何せ数が多いので、この記事ひとつで総括的な感想を書かせていただくことにした。

まずは、寅さんシリーズのいいところを挙げてみたい。

寅さんシリーズいいところ1:傑作の宝庫

寅さんシリーズのいいところとしてまず筆頭に挙げられるのは、これだけ長きにわたってシリーズが作られ続けてきて、ほとんどハズれが無いところ。

シリーズものの映画は回を重ねるごとにダメになってゆくものが多い中、寅さんシリーズは中盤などむしろ、クオリティが上がってゆくところさえある。
これは驚異的なことだ。

正直、これはちょっとイマイチかな、と思う作品もあったし、これは佳作どまりかな、と思う作品もいくつかあったが、ほとんどは傑作か大傑作だった。
(イマイチ作品や佳作はラスト10年間に集中している)

しかしこれを読んでる方で、こんな反論をする方もおられるであろう。

「寅さんシリーズはどれもみんな同じような作品ばかりじゃない。同じような作品を量産しているんだから、クオリティが安定するのは当然ではないのか?」

いいや、それは寅さんシリーズに対して断じて間違った認識であると言わざるを得ない。

なぜなら、寅さんシリーズはひとつひとつがすべて違うのだ。

寅さんシリーズいいところ2:決して同じような作品ばかりではない

寅さんシリーズはどれも同じだ、同じだからこその良さなんだ、と言う人が多い。

もちろん根底に流れるいつもながらの良さ、というのはある。

しかし実は、寅さんシリーズの素晴らしさとは、これだけ作品数がありながら、ひとつとして同じような作品が無い、というところなのである。

例えばほとんどの作品で寅さんは失恋するのだが、寅さんがふられる話しもあれば、寅さんがマドンナをふる話しもある。

同じふるふられるでも、すべての作品において、その意味合いが違う。

寅さんの人とのふれあいや、恋のドラマを通して、人間性のさまざまな側面にスポットが当てられているのだ。

寅さんシリーズいいところ3:あくまでも日本人的な

もうひとつ、寅さんシリーズのよいところは、日本のよさが描かれているところ。

前に『男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け』のレビュー記事でも書いたが、日本ならではの「和の精神」と「おもてなしの心」、これが毎回、寅さんを中心にさまざまな角度から描かれているのだ。

寅さんの映画を見るたびに、私は日本の美しさや日本人の心のあたたかさを身にしみて感じ、日本人として生まれてきたことに幸福を感じるのである。

それだけに、寅さん映画のストーリーを理論的に解釈しようとしても無理がある。

時に寅さんのお話しは、損得勘定だとか、西洋的な個人主義の価値観で見ようとすると、支離滅裂で、筋が通らないところが多い。

寅さん映画のストーリーがヘンだと思った時には、すぐ否定に走らず、立ち止まってもう一度、そこにいる人間模様を吟味してみることが肝心だ。
そして、どうしてこの物語はこうなっているのだろう? と考えてみることで、何か忘れかけていた、日本人としての精神性への気づきが促される、ということがあるのである。

寅さんシリーズいいところ4:刻みつけられた日本の世相

こうして50年続いた「男はつらいよ」シリーズを通してわれわれは、昭和の日本の世相を思い出すことができる。

これは寅さんシリーズの一番勉強になるところだ。

例えばシリーズ第26作目『男はつらいよ 寅次郎かもめ歌』では、マドンナの伊藤蘭は田舎から東京に出てきてセブンイレブンでバイトをする。
この昭和55年という時代にコンビニでバイトをするというのは、現在の学生がコンビニでバイトをするのとは意味が違う。
この時代はまだコンビニというのは、日本にとって登場したばかりの、新しい文化なのである。
東京に新しく吹き込んできたコンビニという新文化でバイトをする伊藤蘭が、男と一晩夜を共にして、寅さんがショックを受けるラストは、決して無関係ではない。

他にも、エリマキトカゲやサラダ記念日、地上げ屋、裏ビデオなど、われわれは寅さんの映画を通して、その時代その時代の日本を席巻していた文化にタイムスリップをすることができる。

こうして、寅さんの映画は昔ながらの日本のよさをその身を持って示しながら、次から次へと新しい文化に塗り替えられてゆく日本の世相に呑まれてゆくのである。

しかしその新しい文化も、時が経てばそれは懐かしいその時代の年輪のひとつになり、寅さん映画のひとつに刻まれていったのである。

寅さん映画は永遠に残すべき日本の貴重な文化的資料でもあるのだ。

寅さんシリーズいいところ5:寅さんから学べる人間力

そして最後に、寅さんシリーズのいいところとして、寅さんの人となりから学べる人間力がある。

もし「女性にモテたい」と思う男がいたら、私は迷わず「寅さんシリーズ全50作を順番にぜんぶ見るといいよ」とアドバイスをするだろう。

もし「男性の気持ちがわからない」という女がいたら、私は少し迷って「寅さんシリーズ50作を順番にぜんぶ見てみたら?」とアドバイスをするかもしれない。

寅さんは女にふられてばかりいるが、実は女にモテる人でもある。

話しは面白いし、その人生は刺激に満ちている。

それでいて、あまりにもダメすぎて、なんだかホッとさせられる面もある。

自分自身に照らしてみると、まったく別世界の人とも思うし、どこか自分も寅さんみたいなところがあるなあ、とも思う。

人間、こうはなっちゃあいけないな、とも思うし、どこか憧れてしまうところもある。

そんなことを感じながら、寅さん映画を見ているうちに、いつの間にかわれわれはすこーしだけ人として厚みが出てきたような気もするし、すこーし人生が楽しくなったような気にもなるのである。

私のお気に入り『男はつらいよ』映画15選

それではここで、私が特に気に入ったおすすめの『男はつらいよ』作品をご紹介したいと思う。

本当はベスト10を選ぼうと思ったのだが、やはりこのシリーズは傑作だらけで、どうしても10作品にはしぼれなかった。

なので、ここは私のお気に入り&オススメ『男はつらいよ』映画15選ということでご紹介したい。

ランキングにはしておらず、制作順に並べてみた。

あと、ネタバレは解放して書いてしまっているので、これから寅さんの映画を見る方は、目次の項目だけを参考にしてください。

男はつらいよ 純情篇

男はつらいよ 純情篇

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作数:第6作
公開:1971年1月15日
マドンナ:若尾文子
ゲスト:森繁久彌、宮本信子、垂水悟郎
ロケ地:長崎県(長崎市、福江島)、静岡県(浜名湖)


これはもう、私が若尾文子のファンだということや、宮本信子が大好きだという贔屓目もあるが、もちろんお話しもいいし、最初と最後に出てくる森繁久彌も素晴らしい。

寅さんシリーズ最初の超お気に入り作品。

男はつらいよ 奮闘篇

男はつらいよ 奮闘篇

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作数:第7作
公開:1971年4月28日
マドンナ:榊原るみ
ゲスト:ミヤコ蝶々、田中邦衛、柳家小さん、光本幸子
ロケ地:新潟県(越後広瀬)、静岡県(沼津市、富士市本町通)、青森県(鰺ヶ沢町、弘前市)


榊原るみ演ずる花子という、ちょっと頭の弱い娘と知り合った寅さん。
どうしても花子のことが気になってしょうがない。
花子にも頼られているのを感じ、この子を守ってあげられるのはこの世で自分だけだと思い込む。

しかし花子は最後、北海道の学校の先生の元へと帰り、そこでいきいきと、元気に暮らす。

幸せの形は人それぞれ。
だからこそ、寅さんが与えられる幸せの形も時と場合があるということだ。

男はつらいよ 寅次郎忘れな草

男はつらいよ 寅次郎忘れな草

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作数:第11作
公開:1973年8月4日
マドンナ:浅丘ルリ子(1回目)
ゲスト:織本順吉、毒蝮三太夫
ロケ地:北海道(網走)


最多出場マドンナ・浅丘ルリ子演ずるリリーが初登場する記念すべき作品。

前作『寅次郎夢枕』に引き続き、マドンナの方がむしろ寅さんに恋をしている、というパターン。

これから長きにわたって寅さんとリリーの、出会ってはまた別れて、の関係が続いてゆくことになる。
相性抜群なんだけれども、そこは似たもの同士、なかなかひとつの状況に落ち着かない。
もどかしいけれども、この2人はこれでいいんじゃないか、とも思えてくる。

最後にリリーが結婚しているところ、「なんだかんだで寅さんと結婚したらよかったじゃん」と思わせる、どこか寅さんと似た雰囲気の、毒蝮三太夫のキャスティングが妙。

男はつらいよ 寅次郎相合い傘

男はつらいよ 寅次郎相合い傘

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作数:第15作
公開:1975年8月2日
マドンナ:浅丘ルリ子(2回目)
ゲスト:船越英二、岩崎加根子、早乙女愛
ロケ地:青森県(青森市)、北海道(函館市、長万部町、札幌市、小樽市)


浅丘ルリ子演ずるリリー2回目の登場。
1回目の『寅次郎忘れな草』よりさらに好きな作品。

この映画はやっぱりラストシーンの素晴らしさ、奥深さに尽きる。

「リリーさんがお兄ちゃんのお嫁さんになってくれたら嬉しいな」と言うさくら。
いったんは「いいわよ」と答えるリリーなのだが、そこに寅さんがやってきて、「お兄ちゃん、よかったわね。リリーさんが結婚してくれるって」とさくらに言われ、寅さん、リリーに向かって「冗談だろ?」と聞く。
そこでリリーは「そうよ、冗談に決まってるじゃない」と答えて去ってゆく。

このラスト。

そりゃ、いくら寅さんと結婚したくても、そこはそれ、寅さんの方から改めて「リリー、俺と結婚してくれよ」とプロポーズしてほしい、と思うのが女心というものだろう。

つまりリリーは寅さん本人から改めてプロポーズの言葉を聞きたくてあの場を去ったのだ。
寅さんはすぐにリリーを追いかけて、プロポーズの言葉を言えばよかったのである。

しかし相変わらずの寅さんは、追いかけない。
戸惑うさくら。

リリーはがっかりしただろうか。
寅さんの理解者であるリリーは、今のままのフーテンの寅さんでいてほしい、そんな想いで自分を納得させたかもしれない。

男はつらいよ 葛飾立志篇

男はつらいよ 葛飾立志篇

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作数:第16作
公開:1975年12月27日
マドンナ:樫山文枝
ゲスト:桜田淳子、米倉斉加年、大滝秀治、小林桂樹
ロケ地:山形県(寒河江市)、静岡県(沼津市)


寅さんシリーズにはマドンナの他に、サブのヒロインとして若い女性が出てくることが多いが(過去作では『純情篇』の宮本信子が思い出深い)、今回はそれが桜田淳子。
その他、大滝秀治、小林桂樹と、いつになく豪華キャスト。
ついでに『寅次郎夢枕』で恋する学者さんの役を演じた米倉斉加年がおまわりさん役でまた登場。

お話しもいつものようによかったが、とりわけ会話劇としてのクオリティがめちゃ笑える回。
特にタバコを吸いながら飯を食う小林桂樹演ずる大学教授が最高。

桜田淳子も可愛くてとても楽しい一作。

男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け

男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け

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作数:第17作
公開:1976年7月24日
マドンナ:太地喜和子
ゲスト:宇野重吉、岡田嘉子、桜井センリ
ロケ地:兵庫県(龍野市)


寅さんシリーズの大きな柱のテーマのひとつである、日本人としての和の精神、おもてなしの心が最も巧妙な構成によって表現された一作。

この映画に関しては単独の記事を設けて感想を書いてあるので、そちらをご一読ください。

映画『男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け』の感想 - 山田洋次監督が描いた「和の精神」と「おもてなしの心」
1976年公開。山田洋次監督の『男はつらいよ』シリーズの第17作目。マドンナは太地喜和子。日本の昔話『貧乏神と福の神』の寅さん版。日本人特有の気質「和の精神」と「おもてなしの心」が巧みに組み込まれたストーリーが美しい。

男はつらいよ 寅次郎純情詩集

男はつらいよ 寅次郎純情詩集

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作数:第18作
公開:1976年12月25日
マドンナ:京マチ子
ゲスト:檀ふみ、浦辺粂子
ロケ地:長野県(別所温泉)、新潟県(六日町)


今回はマドンナの登場の仕方が凝ってる。
最初は別のマドンナがいると見せかけ、爆笑の会話劇でスーッと京マチ子が物語の中心に登場する。

最高傑作とほまれ高き前作(『寅次郎夕焼け小焼け』)のすぐ次に、それに匹敵するようなこんな傑作が続くとは、寅さんシリーズ恐るべし。

この時期の寅さんシリーズは大傑作が数珠繋がりのようにどんどん作られて、本当にスゴい。

寅さんシリーズでは唯一の、マドンナとの死別による失恋。
最後は切ないながらも、さわやかな涙が私の頬を何度もつたった。

脇役では、浦辺粂子がバラエティに出てるあの調子そのままのキャラで登場し、いい味を出している。

男はつらいよ 寅次郎と殿様

男はつらいよ 寅次郎と殿様

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作数:第19作
公開:1977年8月6日
マドンナ:真野響子
ゲスト:嵐寛寿郎、三木のり平、平田昭彦
ロケ地:愛媛県(大洲市)


三木のり平をはじめ、相変わらずキャスティングが素晴らしい。
殿様のラムネを飲む演技など、何度も見たくなる。

『寅次郎夕焼け小焼け』と並ぶ最高傑作のひとつ。

男はつらいよ 寅次郎頑張れ!

男はつらいよ 寅次郎頑張れ!

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作数:第20作
公開:1977年12月24日
マドンナ:藤村志保
ゲスト:中村雅俊、大竹しのぶ、桜井センリ
ロケ地:長崎県(平戸島)


マドンナよりサブの大竹しのぶのエピソードが印象的。

寅さんシリーズはその時代の世相が反映されているところが面白い、と先に書いたが、この作品は「マヌケな青年」と「ガス爆発」という、この頃の日本によくあったモチーフが物語によく生かされていて懐かしい。

昭和の時代はこんな感じの、バカな若者が多く実在した。
ガス爆発も、ドラマや映画でよく描かれたこの時代の定番のモチーフである。

とにかく大竹しのぶに恋する中村雅俊のマヌケな奮闘ぶりを見ているだけで笑えて、感動できる楽しい一作。

男はつらいよ 寅次郎紙風船

男はつらいよ 寅次郎紙風船

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作数:第28作
公開:1981年12月28日
マドンナ:音無美紀子
ゲスト:岸本加世子、地井武男、小沢昭一
ロケ地:福岡県(秋月)、大分県(夜明)、静岡県(焼津市)、佐賀県(鳥栖市)


岸本加世子という女優さん、子供の頃は何とも思わなかったが、この歳になって見ると、なんとも言えず、小さくて可愛らしい。
この映画の楽しさはかなり岸本加世子さんのお茶目な好演によっている。

寅さんのふられかたがまた今までにないパターンで、とても切ない。
寅さんシリーズを見て泣くことは多いが、その涙の色はいつも違う。

それにしても寅さん、本当にバカだなあ。

男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋

男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋

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作数:第29作
公開:1982年8月7日
マドンナ:いしだあゆみ
ゲスト:片岡仁左衛門、柄本明
ロケ地:京都府(京都市、伊根)、長野県(信濃大町)、神奈川県(鎌倉市)、滋賀県(彦根市)


人間の心理描写が深い。

今回もマドンナの方が寅さんを好きで、寅さんの方が逃げてしまうパターン。
このパターンの場合、いつもは最後「寅さんバカだなあ」なんて思いながら切ない気分になったりするのだが(前作『寅次郎紙風船』がその典型)、今回ばかりは結ばれなくてヨカッタ、と思った。

いしだあゆみ演ずるかがりと、寅さんは合わない。
かがりは寅さんとの関係にある種の理想を抱いているし、プラトニックな関係性をはぐくむより先に、性的な結びつきを得ようとする。
逆に寅さんは心の結びつきを大切にする人間だ。

ふたりが結ばれても、いい未来が待っているとは思えない。
純粋な寅さんに、かがりは色気がありすぎる。

そんなもどかしさが楽しめる、奥行きのある作品だった。

後にまったく別の形でもうひとつあるのだが、寅さんが失恋してヨカッタ、と感じさせる珍しいケース。

男はつらいよ 花も嵐も寅次郎

男はつらいよ 花も嵐も寅次郎

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作数:第30作
公開:1982年12月28日
マドンナ:田中裕子
ゲスト:沢田研二、朝丘雪路
ロケ地:大分県(杵築、湯平温泉、鉄輪温泉、由布院、志高湖、臼杵)、千葉県(谷津遊園)


これは『寅次郎夕焼け小焼け』『寅次郎と殿様』と並ぶ、私の特に大好きな一作。

まず、田中裕子がイイ!
なんとも独特の艶っぽさがあって魅力的。

心理的にも優れたお話し。

物語の最初の方で沢田研二演ずる三郎が、田中裕子演ずる螢子に片想いをする。
寅さんは最初から最後まで恋のキューピットに徹するという珍しいパターン。
一見、寅さんは恋もしなければ、フラれもしない。

ところがラスト、寅さんと電話で話をするシーンで、螢子はほろっと涙を流す。
この涙で、ああ、螢子は寅さんのことを好きだったんだ、とわかる。

螢子は三郎のことも好きではあったのだが、寅さんのことも同時に好きだったのだ。
そして螢子の気持ちは三郎と寅さんとの間で揺れ動いていたのだと私は思うのである。

そうでなければ、螢子が途中、寅さんに「本当にあの人(三郎)でいいのかしら」と相談するシーンで、寅さんに何かを訴えかけるように顔を覗き込みながら話す態度は不自然だし、ラストの涙も意味がわからなくなってしまう。

三郎に決めた螢子は、寅さんに「お陰さまでいい人と結ばれました。ありがとうございました」と報告することで、心に区切りと整理をつけたかったのだ。
それなのに、寅さんは螢子たちがとらやにやってくる前に、旅立ってしまった。

それでずっと心にモヤモヤをかかえていたからこその、やっと寅さんと話せることができて流す涙なのだ。

そして、寅さんもまた、自分では気づいていなかったが、田中裕子のことが好きだったのだ。
寅さんの「やっぱり二枚目はいいなあ……」というセリフが心に刺さる。

ひょっとしたら寅さんも螢子も、最後まで自分の本当の気持ちに意識の上では気づいていなかったのかもしれない。

寅さんの「やっぱり二枚目はいいなあ……」というセリフ、そして最後の螢子が流す涙を見て、観客だけがそれに気がつくような仕掛けになっているのだ。

寅さんシリーズの中でも最も高度な心理描写が光る一作。

最後、電話が切れた後の螢子をカメラが映さない演出が素晴らしい。

男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎

男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎

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作数:第32作
公開:1983年12月28日
マドンナ:竹下景子(1回目)
ゲスト:松村達雄、中井貴一、杉田かおる
ロケ地:岡山県(備中高梁)、広島県(因島)


これも『寅次郎夕焼け小焼け』『寅次郎と殿様』『花も嵐も寅次郎』と並ぶ、最高に好きな一作。
(最高傑作のバーゲンセールみたいだが、寅さんシリーズはとにかく素晴らしい作品が多いのだ)

マドンナとしては『花も嵐も寅次郎』の田中裕子と並ぶ魅力。
とにかく竹下景子さんが可愛くてしょうがない一作。

寅さんがマドンナをふる回は多くあるが、中でもこれはモロふり。
あそこまであからさまに愛の告白をされ、バッサリ冗談モードで切り捨てる寅さん。
涙ぐむ竹下景子。

見ているこちらも呆れて涙が出た。
あんな可愛い竹下景子に惚れられて、冗談で片付けちゃうなんて、バカにもほどがある。

これまでの人生、映画を見て涙を流したことは数あるが、呆れて涙するのはこれが最初で最後だと思う。

やっぱりこのシリーズは神がかっている。

男はつらいよ 寅次郎真実一路

男はつらいよ 寅次郎真実一路

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作数:第34作
公開:1984年12月28日
マドンナ:大原麗子(2回目)
ゲスト:米倉斉加年、風見章子、津島恵子、辰巳柳太郎
ロケ地:鹿児島県(枕崎市・指宿市)、茨城県(牛久沼)


大原麗子さんは1回目の時(『噂の寅次郎』)もよかった。
大原麗子さんといえば、私の世代では「少し愛して、なが〜く愛して」のCMで有名だが、『噂の寅次郎』ではそんな大原麗子さんならではのあのおちゃめな音声と口調で寅さんに「また明日ね」と言い、それにもかかわらず寅さんは旅に出てしまう場面があった。
あそこはシリーズ屈指の名シーンだなあ、とうなったものだ。
寅さんカッコよすぎるわ。

しかし、大原麗子さんのマドンナ回としては、この『寅次郎真実一路』の方がさらに大好きな作品。

同じ女優さんがマドンナになるのはこれまでも例があったが、別の人物として登場するのは今作が初めて。
前に大原麗子が演じた同じひとにまた会いたかったので、最初はちょっとがっかりした。

とはいえ、そんな不満も最後まで見たらすっかり忘れてしまうほどの面白さ。

今回、大原麗子さんが演じる役は人妻。

大原麗子さん演ずるふじ子の旦那さんが失踪してしまう。
ふじ子のことを好きな寅さんは、「このまま旦那が帰ってこないといいな……」と、そんなことを望んでいる自分に気がついて、己の残酷さにショックを受ける。

そして旦那が帰ってきて泣いて喜ぶ奥さんの姿を見て、「ああ、よかった」と感じた自分に気がついて、ホッとする。

晴れやかな気持ちで、いい失恋を経験した寅さん。
見ているわれわれは、そんな寅さんの無邪気さがかわいくてしょうがない。

『寅次郎あじさいの恋』に続く、失恋してヨカッタ、となる珍しいケース。

男はつらいよ 寅次郎物語

男はつらいよ 寅次郎物語

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作数:第39作
公開:1987年12月26日
マドンナ:秋吉久美子
ゲスト:五月みどり、河内桃子
ロケ地:奈良県(吉野)、和歌山県、三重県(志摩市、伊勢市二見町)


友達の遺児を母親の元に届けようと西日本にやってきた寅さん。
旅館で子供が病気になり、たまたま居合わせた秋吉久美子が看病にあたる。
それぞれが助け合っているうちに、何となく家族っぽい空気になる。

そう、今回は疑似家族がテーマ。

しかしそれは本当の家族ではない。

子供は本当の家族の元へおさまり、寅さんはまた旅に出る。

寅さんシリーズ最後の大傑作。

まとめ

以上、寅さんシリーズ全50作品を見終わった感想として、寅さんシリーズの「いいところ」と「おすすめ作品」を選んでみた。

おすすめ作品は15作品を選んだが、この中でも特に大好きな作品をさらに厳選すると、

第17作 寅次郎夕焼け小焼け
第19作 寅次郎と殿様
第30作 花も嵐も寅次郎
第32作 口笛を吹く寅次郎

の4作品ということになる。

あと、最後にこれだけは言っておきたいと思うこと。

おいちゃん役が3度ほど変わったが、おいちゃん役は、やっぱり最初の森川信さんしかいないと思う。
けっきょく一番長いのは三代目の下條正巳さんになったが、寅さんシリーズを最後まで見終わった今でも、本当のおいちゃんは森川信さんが演じたあの人だったなあ、という想いは変わらない。

『男はつらいよ』とらやの皆さん

出典:imdb

評価

美しい日本人としてのあるべき姿を思い出し、これからの世代へ伝えてゆくためにも、日本人なら一生のうちに一度はシリーズを通して鑑賞してほしい名作シリーズ。

★★★★★

Good Movie 認定


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