作品データ
監督:宮崎駿
脚本:宮崎駿
音楽:飛鳥涼
制作:1995年、日本
あらすじ(ネタバレなし)
地球上が放射能で汚染され、人類が地下に住んでいる。
武装警官隊があるカルト教団の施設を襲撃する。
その中の警官2人は、教団施設の奥で翼の生えた少女を発見する。
2人は彼女を救助するも、少女は研究資料として今度は政府機関の施設に連れ去られてしまった。
2人は彼女を空へ帰そうと奮闘をはじめる
『On Your Mark』の感想
私の奥さんが『ジブリがいっぱいSPECIAL ショートショート 1992-2016』というDVDを買ってきて、そのなかにこの、宮崎駿が監督したチャゲアスのMV『On Your Mark』が入っていた。
正直、最初に見た感想は、ただもう胸クソ悪いだけの作品、って感じ。
しかし繰り返し見るにつれて、だんだんこの作品のよさがわかってきた。
今ではこの『On Your Mark』は、『ナウシカ』にも比肩する、宮崎駿の良作のひとつであると思っている。
私がこの作品を最初に胸クソ悪いと感じた要因はざっと以下の理由があげられる。
(追って説明するが、すべて誤解だということが後に判明する)
(1)私はチャゲアスがあまり好きではない
(2)最初の方で残虐非道な虐殺が繰り広げられる(見ていて不快)
(3)それまでさんざん人を殺していた2人の警官が偽善的にも羽のはえた少女を救おうとする
(4)羽のはえた少女を救う準備をしている2人の警官のニヤけた態度が腹立たしい(もっと真剣な顔をしろよ)
(5)後半、何度も同じシーンが繰り返される(私はループものが苦手だ)
(6)2人の警官が落下して死ぬ寸前に余裕の表情をかましている(人間描写が不自然)
しかしこれらの理由がぜんぶ、よくよく内容を分析してみたら、すべてこの作品の素晴らしさ、深さにつながる要素であったのだ。
というのも、あるひとつのモチーフに気がつくだけで、これらすべての違和感があっさり解決してしまうのである。
それは何か?
↓ここから先はネタバレあり↓

出典:amazon
最初に見たとき、主人公の2人の警官はチャゲアスをモデルにしたキャラクターなのかな、と思った。
しかし、よく考えたら違うのだ。
この2人は、チャゲアス本人なのである。
その証拠に、羽のはえた少女を2人の警官が発見するシーンで、2人の警官は、まるでフェイドインするように画面にあらわれるではないか。
これは、現実のチャゲアスがアニメの世界にポン、と入ってきたということなのだ。
2人の警官は現実のチャゲアス本人だから、当然アニメの世界の住人ではない。
だからまた好きなときにポン、とアニメの世界を抜け出して、現実に戻ることができる。
これで私が胸クソ悪いと感じた違和感がすべて理解できる。
順番に説明していこう。
(1)私はチャゲアスがあまり好きではない
私がこの作品を最初、気に入らなかったのも当然だ。
なにせ、チャゲアス本人が画面に登場しているのだから。
しかし同時に、この2人はチャゲアスであって、実はチャゲアスでは無い、とも言えるのである。
その理由は後で述べる。
(2)最初の方で残虐非道な虐殺が繰り広げられる
これはチャゲアスが現実の世界を超えて思わずアニメの世界に飛び込んできちゃった理由にもつながる。
チャゲアスだって胸クソ悪い思いを抱き、何かを変えたくなって、アニメの世界にやってきたのだ。
(3)それまでさんざん人を殺していた2人の警官が偽善的にも羽のはえた少女を救おうとする
つまり2人の警官はこのアニメの世界に侵入してきたチャゲアスであって、それまで虐殺を行っていた警官たちとは別人なのである。
だから偽善的でもなんでもない。
これは次の項目にもつながる。
(4)羽のはえた少女を救う準備をしている2人の警官のニヤけた態度が腹立たしい
彼らはチャゲアス本人なのだから、アニメの世界の惨事は所詮は架空の出来事なのである。
態度にちょっとした距離感があるのは当然だ。
また、次の項目でもさらに彼らの余裕の表情が説明される。
(5)後半、何度も同じシーンが繰り返される
彼らは現実のチャゲアスだから、好きなときにポン、とアニメの世界を出ていったり、好きなところへまたポン、と戻ってくることができる。
だからこれは一見ループものに見えるが、実際はそうではない。
チャゲアスがアニメの世界から現実へ抜け出して、また好きな時点を選んでアニメの世界に戻ってきた、ということなのである。
ここまで言ったら次の項目はもう説明したようなもんだ。
(6)2人の警官が落下して死ぬ寸前に余裕の表情をかましている
つまり彼らは現実からアニメの世界にやってきたリアル・チャゲアスだから、地面に激突する前にまた現実へとポン、と戻れるのだ。
つまり彼らは死なないのである。

出典:imdb
この、現実のチャゲアスがアニメの世界に入ってきた、というモチーフに気がついてみると、この作品の様々な細部がよく理解できる。
例えば最後のカットでチャゲアスの乗った車が走り抜けてゆかずに、道を外れたところで止まってしまう。
これは、羽のはえた少女を空に放ち、役割を終えたチャゲアスが、また現実へと戻っていったことを表しているのである。
運転手が消えてしまった車が、ふらふらと道をはずれ、自然と止まる様、それが描かれているのだ。
それから、もうひとつ気がついたことがある。
チャゲアスの車が、機動隊のヘリに道を破壊され落下させられたとき、1度目はそのまま下に落ちてゆくだけだったが、2度目はジェット噴射を放って飛んでゆく。
ここからわかるのは、チャゲアスはアニメの世界をちょっとだけ変化させることもできるのだ。
アニメというのは人間の創作物であるし、チャゲアスもアーチストだから、作品にちょっとした干渉をすることができるのは自然なモチーフに思える。
(しかし後で思い至ったのだが、彼らがアニメの世界に干渉できるのは、実はもっと明確な理由があった。後述)
そう考えてこのアニメの最初の方を振り返ってみると、もうひとつ気がつくことがあった。
警官隊が虐殺していた教団のメンバーの中に、いたいけな少女がいた。
実はこの少女の遺体を見たチャゲアスが、心を痛め、「この少女を希望の象徴として空に放ってあげたい」と思ったことが、彼らがアニメの世界に入ってきたそもそもの動機なのである。
そしてチャゲアスはアニメの世界に干渉することで、殺された教団の一メンバーでしかなかったひとりの少女を、羽のはえた少女へと「変化」させた。
そしてそれを、何度も何度も現実とアニメの世界を行き来しながら、ついには少女を空へと放つことに成功するのである。
それがこのアニメの全貌だったのだ。
もっと言うと、ぶっちゃけ、ここに出てきたチャゲアスは、チャゲアスの皮をかぶった宮崎駿なのである。
チャゲアスがアニメの世界を変化させることができるのも道理だ。
だって、彼らの正体は宮崎駿なんだから。
ちなみにタイトルの『On Your Mark』とは、陸上競技のスタートでかかる掛け声「位置について!」の英語である。
このアニメは一般に「マルチエンディング系」の作品だと評されたが、私は曲名の意味を考えると、これはチャゲアス(=宮崎駿)が何度もアニメの世界へ入ってきては、目的を遂げようとする、いわゆる「マルチスタート」の物語と言えるんじゃないか、と思った。
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評価
アーチストの精神性みたいなものが実におもしろいアイデアで使われたアニメ。
★★★★★
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