作品データ
監督:岩井俊二
原作:岩井俊二
脚本:岩井俊二
出演:鈴木杏、蒼井優、平泉成、相田翔子、清水由紀、鈴木蘭々
音楽:岩井俊二
制作:2015年、
あらすじ(ネタバレなし)
アリスが母と田舎に引っ越してくる。
お隣さんは「花屋敷」と呼ばれる何やら怪しい雰囲気の家。
おまけに転入した石ノ森学園中学校では、前年に殺人事件が起きたと噂があった。
新しいクラスでアリスの座った席は、前年の殺人事件で殺されたとされるユダの席だった。
さらに、その事件の真相をお隣さんの「花屋敷」に住んでいる花という女の子が知っているらしい。
そしてアリスは衝撃の事実を知り、ショックを受ける。
アリスは真相を探るため、お隣さんに侵入するのだが……。
『花とアリス殺人事件』の感想
岩井俊二監督はじめてのアニメ映画。
しかしこれは「岩井俊二がアニメに初挑戦」的な映画というより
ちゃんと意図があってアニメという手法をとっている。
というのも、これはかの名作『花とアリス(2003年)』の前日譚。
出ていたふたりの女優さん、当時は高校生だった蒼井優と鈴木杏はもう三十代のオトナである。
普通だったら別の女優さんでやるところだが、岩井監督は映像はアニメにして、声だけ蒼井優と鈴木杏にやらせる選択をした。
これにより、同じ演者による12年後の前日譚制作を実現させたのだ。
おかげで私の大好きだった、あの『花とアリス』がそのまま帰ってきたような素晴らしい映画が誕生した。
みずみずしいふたりの少女の日々がまぶしくて、何度もDVDで繰り返し見た『花とアリス』。
もう二度と戻らない、映像に刻み付けられたあのふたりの日々が、こうしてまた戻ってきたのだ。
これを映像の奇跡と言わずしてなんであろう。
映像芸術の可能性はまだまだ広がり続け、その向こうに起こされる奇跡が待っている気がした。
ふたりの声がまたいいのだ。
蒼井優の声優としての才能は『鉄コン筋クリート』で立証済み。
あのアニメは蒼井優の声を聞いているだけでおもしろかった。
そんな意図でとられたアニメという手法だから、画は普通のアニメみたいにそんなアニメアニメさせる必要はない。
だから実写を撮影してそのままなぞったような、実写もどきのアニメになっている。
それでいて、実はさりげなくアニメでしか有り得ないような表現を、観客に気づかせない薄さで織り込んでいるところが巧み。
例えばアリスが転校してきて、初めて自分の席に座ると、その机はホコリだらけ。
アリスが指でそのホコリをすくってフッと吹くと、煙のようにホコリが舞って、アリスはむせ返る。
実写でこんなホコリの舞いかたはしないもんな。
他にも例えばアリスが二階から落ちる場面だとか、階段をころがり落ちる描写だとか、実写みたいなアニメの中にさりげなくアニメのメリットを活用している。
↓ここから先はネタバレあり↓
ストーリー展開も賢い。
『花とアリス殺人事件』というタイトルをみてもわかるが、お話しにミステリーっぽいミスリードが施されている。
最後まで見るとぜんぜんミステリーじゃないのだが、それでいて、映画そのものがミステリーごっこをして遊んでいるようなのどかさに満ちている。
冒頭でアリスは新しい中学に転校してくる。
どうやら同じクラスの同じ席で、前の年に殺人事件があったらしい・・・
クラスのみんなの様子もおかしいし、隣の家も妖しさ満点。
といった導入で、前半はかなり興味をそそられる。
ところが中盤、ユダのお父さんが花を見つけて手を振るシーンで、ユダは死んでないことがなんとなく観客に分かってしまう。
つまり「殺人事件」は学生たちが勝手に騒いで尾鰭がついてしまっただけだと、ここで早々と観客にわからせてしまうのだ。
これはヒッチコックが『めまい』で使った、クライマックスの前にあえてオチをバラしてしまうことで、逆に観客の興味をそそらせるテクニックだ。
主役たちは真相を知らないのに、観客はすでに知っている。
つまり観客は「主役たちはどのようにして真相にたどりつくんだろう? それを知ったらどんな反応をするんだろう?」と新たな興味をここでそそられるのだ。
考えてみたら、運動会の日にアリスと睦美が話すシーンあたりから、実際には大した事件じゃなかったんだな、とは思っていたから、ユダが生きてるか死んでるかなんて、最後まで引っ張るネタじゃない。
それに、ミステリーの大御所ヒッチコックの手法を使うことで、逆に女学生たちの「ごっこ感」を浮き立たせているところが実におもしろい。
こういうテクニックをさらっと使える映画作家が少ないんだよなあ(しみじみ)。
岩井俊二の脚本の才能がまぶしい。
さらにクライマックス、花がトラックに巻き込まれたと勘違いして、アリスがトラックを追いかけるシーン。
それを見た大勢の通行人が、トラックが人を轢いた事故だと勘違いして人だかりができてしまう。
つまり人の噂に尾鰭がついて、ささやかな出来事が大事件として語られてしまうという、この映画ぜんたいの縮図が描かれることにより、このシーンが象徴的にミステリーの謎解きの締めの役割を果たすのだ。
懐かしく、新しく、おもしろく・・・
とにかく傑作だった。
評価
まだ『花とアリス』を見たことない方は、こちらの前日譚を先に見てからがオススメ。なんとなく。
★★★★★
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