映画『人魚姫』の感想 – チャウ・シンチーの高度な演出センス

映画『人魚姫』チャウ・シンチー(周星馳)監督作品
出典:imdb
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作品データ

原題:美人魚
監督:チャウ・シンチー(周星馳)
脚本:チャウ・シンチー、ケルヴィン・リー、ホー・ミョウキ、ツァン・カンチョン、ルー・ジェンユー、アイヴィ・コン、フォン・チーチャン、チャン・ヒンカイ
出演:ダン・チャオ、リン・ユン、キティ・チャン、ショウ・ルオ
音楽:レイモンド・ウォン、ウェンディ・チェン
制作:2016年、中国

あらすじ(ネタバレなし)

青年実業家のリウはリゾート開発のため、香港郊外の海辺にある美しい自然保護区を買収。
しかし、そこには絶滅の危機に瀕する人魚族が住んでいた。

人魚族は、リウを暗殺するため、美しい人魚のシャンシャンを人間の女性に変装させて送り込む。

『人魚姫』の感想

ギャグに潜む高度な演出センス

「アジア映画歴代興行収入No.1を樹立」という話題が先に立って身構えて見はじめたが、初っぱなからいきなり低級なギャグの連続。
やっぱりどんな遠くへ行っても、チャウ・シンチーはチャウ・シンチーなのだった。

しかしバカなシーンでも、それが後からちゃんと伏線に繋がってくる。
バカであればバカであるほど、その効果がいきてくる。
それがチャウ・シンチーの高度なセンスだ。

パロディみたいなのもちょこちょこあって、人魚がリウの会社に乗り込むシーンで、応対した社長秘書の演技がモロに『イングロリアス・バスターズ』のランダ大佐だったり、クライマックスのアクションは『ジョーズ』だったり。
今さら『ジョーズ』のパロディってところが逆に場違い観あふれてておかしい。

人魚族の長老のおばあさんが600年前に台湾の英雄・鄭氏に助けられたことを語る場面で、掛け軸を指さすその方向に、どさくさに紛れて宣伝歌を歌っている同性の歌手アダム・チェン(鄭少秋)のレコードが映るギャグとかも、バカバカしいけどカメラワークのタイミングがよくて思わず笑ってしまった。

他にも笑えるシーンが多々あって、なかでも一番笑ったのがシャンシャンがリウの社長室へと忍び込み、暗殺しようとするがことごとく失敗して泡を吹いて死にそうになるところ。
シャンシャンをやってる女優さんの表情のつけ方がチャウ・シンチー演出の真骨頂で、ドタバタの笑いを十倍にも盛っている。

そんな感じで、チャウ・シンチーの優れた演出力は随所に発揮されていた。

映画『人魚姫』チャウ・シンチー(周星馳)監督作品

チャウ・シンチーの高度な表情演出が素晴らしい(出典:imdb

残酷さが語るもの

ギャグばかりでなく、シリアスな場面もいい。
どんな悲痛な演技にもユーモアが漂っているし、それでいて、しっかり泣ける。
このあたりのチャウ・シンチーの演出は他の映画作家にはマネできない名人芸だと思う。

とても効果的な演出だと思ったのが、物語の後半、人魚の存在を認知したリウ社長が、環境破壊について熱心に検索していて、残酷なイルカ追い込み漁の映像がパソコンの画面に映るところ。
チャウ・シンチーの映画はたまに残酷な描写があることが気になってたが、この映画はとりわけ残酷な表現があるのに、ぜんぜん気にならないのだ。
それは何度も繰り返し訴えていかなければならない人間の残酷さが正しく象徴されているからなのだと思う。

イルカ追い込み漁の光景が挿入されるのは、対比させるべき実際の現実をチラリと映すことによって、映画の残酷描写を見苦しいながらも受け入れざるを得ないものにしているのだ。
また、これらの残酷な人間の様子をとことんまでギャグで笑い飛ばそうとすることで、逆に笑ってはすまされない状況が浮き立っているようにも思えた。

ツイ・ハーク(映画『人魚姫』より)

ツイ・ハーク御大もゲスト出演(出典:imdb

チキンを食うってこと

主役たちがチキンを食いまくるところも憎い。
これは恐らく意識的に入れたシーンではなかろうか。

動物や自然を守る姿勢は立派だが、「如何なる動物を殺すのもダメだ」とかいう、過激なヴィーガン思想はいただけたものではない。

肉をいっさい食うな。
動物はいっさい殺すな。
行き過ぎた動物愛護。
ここまでいくとまた別の問題がある。

すべての生けとし生ける存在は、他の生命の犠牲の上に成り立っている。

動物の虐殺の問題の本質は、大量生産と大量消費の賜物。
つまりはモラルより利権を優先させる権力構造に端を発する経済問題なのであって、動物を殺すこと自体がいけないという狂信的な動物愛護の精神は、問題解決の本質から返って大衆の意識を逸らすことにもなりかねない。

チキンをむさぼり食うシーンはそのブレーキの役割を果たしていると思った。

こうしてひとつひとつのギャグが、この映画が訴えるメッセージをより明瞭に伝えるアンプやハブになっているのである。

映画『人魚姫』チャウ・シンチー(周星馳)監督作品

意味深いチキンを食うシーン。
ちなみにチャウ・シンチーは美人女優をブスに撮る天才でもある。
(出典:imdb

音楽について

最後に音楽について。

途中で『ゲッターロボ』のテーマ曲が流れてきてテンション上がったが、しかし何より、この映画を見終わった今、耳から離れないのはこの曲だ。

『世間始終你好』

これは『射鵰英雄伝』という1983年に放送された中国のドラマのテーマ曲なんだそうだ。
気に入ってしまって、1日に何度も繰り返し聞いている。

これの原曲を最初の方でかけておいて、途中のチキンを食うシーンでこの曲を無茶苦茶ヘタクソに歌うミュージカルがあるという仕掛け。
あそこもかなり笑った。

何かと、用意周到な映画である。

ちなみにこの映画の宣伝歌として、先に言及したアダム・チェン(鄭少秋)と、シンチー映画の常連女優であるカレン・モクがこの曲を歌っている。

映画『人魚姫』チャウ・シンチー(周星馳)監督作品

出典:amazon

評価

バカバカしさとシリアスな問題提起がバランスよくブレンドされたキレイな傑作。
★★★★

Good Movie 認定


『人魚姫(字幕版)』を見る
『人魚姫(吹替版)』を見る

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