作品データ
監督:平野俊貴
原作:板垣恵介
脚本:平野俊貴、浦畑達彦、他
出演:島﨑信長、大塚明夫、菅生隆之、島田敏、小山力也、江口拓也、茶風林、大塚芳忠、三宅健太、保志総一朗、麦人、川原慶久、雨宮天、坂口芳貞
音楽:藤澤健至
制作:2018〜2023年、日本
あらすじ(ネタバレなし)
地下闘技場の最年少チャンピオン範馬刃牙と、刃牙の父親であり“地上最強の生物”と謳われる範馬勇次郎を中心に、最強を求める数多の格闘家たちの闘いが織り成す長編格闘ドラマ。
『バキ』『範馬刃牙』の感想
Netflixで刃牙シリーズのアニメを見て、原作も読んだので、まとめて感想を書いてしまおうと思う。
最強至上主義的ラビリンス
何よりもこの漫画、先の読めないストーリー展開が面白い。
アニメがあまりにも面白いので、同時並行で原作も最初の『グラップラー刃牙』から順にぜんぶ読んだ。
この漫画の世界観はすごい。
「最強至上主義」とでも言おうか。
例えば原作『グラップラー刃牙』の序盤、最強ヤクザの花山薫が大事な試合を前にしたボクサーを襲い、再起不能にするシーンがある。
有り得ない行為だが、この物語ではこれが正当なのだ。
いわゆる、最強を追い求める者どうしのコンセンサスが根底に貫かれているのである。
また例えば、『最凶死刑囚編』の死刑囚たち。
カラダに刃物を埋め込んだり、爆弾を使ったり。
しかしこの世界観に反則は無い。
いや、反則という概念はあるにはある。
しかしグラップラーたちはそんな不正を前にして「ズルいぞ」なんて言わない。
言わないからこそ、それは正当性を帯びて男同士の戦いに溶け込んでしまう。
反則さえも受け入れるコンセンサスが世界観の中に貫徹されているのである。
だいたい初っ端から主人公の刃牙が格闘する相手は人間じゃないのだ(夜叉猿というケモノである)。
関係ないのである。
肉体と肉体のぶつかり合い。
それにルールはいらない。
ズルもない。
反則もない。
人である必要もない。
このシンプルで素朴な世界観に、シュールなまでの先の読めない展開。
まさに「強さ」とひとくちに言っても、ひとくくりに出来ない深遠な境地が隠れているのだ。
「最強」というゴールを目指す出口のない迷路に迷い込んだかのごとくである。
レトリックで誤魔化さない強さの基準
「最強とは何か?」を追求する日本の格闘バトル漫画の歴史は、80年代に『北斗の拳』が新境地を切り開いて以来、新しい“強さ”の表現を常に模索してきた。
この『刃牙』シリーズはなかなか大きな飛躍を遂げた画期的な作品だと言っていい。
これまでの日本の格闘漫画では、強いやつが出てくると、そのあとでもっと強いやつが出てくる。
そいつを主人公が倒すと、その後でさらにもっと強いやつが出てくる。
このパターンが多かった。
しかしそうは言っても、実際に前に出てきた敵より次の敵の方が強いわけではなく、あくまでも漫画の表現技法としてのレトリックにより「今度の敵は今までになく手強いぞ」と読者に思わせる仕掛けが施されていただけだったのだ。
しかしこの『刃牙』シリーズはそんな、これまでの格闘バトル漫画が使ってきたような、姑息なレトリックは使わない。
この漫画の斬新なところは、ちゃんと漫画の世界観の大枠のところで「強さ」の基準が定められているところなのだ。
例えば、「ライオンを倒せる」「マンモスを倒せる」「恐竜を倒せる」「一国の軍隊に匹敵する」などなど。
そうして「強さ」の「基準」を明確に定めた上で、それぞれのファイターに、それぞれ、いろんな強さの考え方があり、強さの「形」があり、さらにその自らの強さの概念を自ら否定することで、極めて抽象性の高いドラマが展開してゆく。
例えば『範馬刃牙』の後半で展開する刃牙とピクルの戦いの決着。
“強さ”とは、パワーやスピードに加えた格闘技術(武術)の総合である。
しかしその反面、“真の強さ”とは、パワーやスピードであり、格闘技術、いわゆる武道とは弱者が強者に打ち勝つための作為とも言えるのだ。
総合的な強さで刃牙に圧倒されてしまったピクルが、武術に頼り、真の強さを求めて武を捨てた刃牙を倒す。
このような特殊な世界観(システム)によって、先の読めない展開を実現していると同時に、「強さとは?」「戦いとは?」という命題を哲学の域にまで高めているのだ。
もはや、バカバカしさが突き抜けて崇高な境地にまで達してしまった漫画だと言えるのではないか。
バキとはそういう格闘漫画なのだ。
ちなみに原作とアニメを比べて興味深いのは、アクションの迫力は原作の方が上だが、先の読めないストーリー展開の妙は何故かアニメの方が引き立っていること。
アニメもなかなかよく出来てはいるが、トータル的には原作の方が完成度は高いので、そのちょっと欠損した部分がストーリー展開の追跡を不安定化させ、偶発的にこういう面白い現象が発生しているのだと分析してみる。
↓ここから先はアニメと原作漫画のネタバレあり↓
まとめ〜「強さ」の定義を追い求める思考実験的漫画
そんなこんなで、『範馬刃牙』のラストではついに刃牙が父・範馬勇次郎を倒す。
ピクルという地球史上最強の男が登場し、さらに刃牙が勇次郎を倒して、「もうこのお話し、後がないやん」と思いつつ、なぜか続きがあるその『刃牙道』を読み始めたら、今度は宮本武蔵が現代に蘇る、という驚くべき展開。
しかもこれがまた最高に面白い。
ここにきて、この『刃牙』シリーズの魅力とは、思考実験っぽいところだと気がついた。
宇宙にはいろいろな「強さ」の形がある。
例えば素手の喧嘩における「最強」花山薫。
合気道の達人としての「最強」渋川剛気。
ドーピング&最新の科学技術によって作られた「最強」ジャック・ハンマー。
反則&凶器の使用も厭わない「最強」死刑囚たち。
「この“強さ”と、あの“強さ”をぶつけたらどんな戦いになるか?」
そんな思考実験を永遠に続けているのがこの漫画なのである。
つまり、この漫画はピクルという「腕っぷし」の地球史上最強を出した後、宮本武蔵という「武」の人類史上最強を登場させたのだ。
『刃牙道』の最後は、宮本武蔵をいつでもストーリーに引っ張り戻せる(つまり、好きな時に思考実験の実験台に上げられる)お膳立てを整えた上で、いちおうの完結。
この後は「相撲編」と、さらにこの漫画は様々な「強さ」の形を求め、思考実験を繰り返している。
私は個人的に宮本武蔵のキャラクターが最高だった『刃牙道』が一番面白かったので、アニメ化が今から楽しみなのだ。
評価
先の読めない展開と、「強さ」の定義を追い求める思考実験漫画としてのオリジナリティに最高評価。
★★★★★
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