アニメ映画『機動戦士ガンダムII 哀・戦士編』の感想 – 欠けたモノと、井上大輔が補って余りあるモノ

機動戦士ガンダムII 哀・戦士編
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作品データ

総監督:富野喜幸
総作画監督:安彦良和
監督:藤原良二
原作:矢立肇、富野喜幸
脚本:星山博之、松崎健一、荒木芳久、山本優
出演:古谷徹、池田秀一、鵜飼るみ子、井上遥、古川登志夫、戸田恵子、永井一郎、白石冬美、間嶋里美、広瀬正志、中谷ゆみ、塩沢兼人
主題歌:井上大輔
制作:1981年、日本

あらすじ(ネタバレなし)

ホワイトベースは地球連邦軍本部のジャブローを目指しながら、幾多の激戦をくぐりぬけ、目覚ましい戦果を上げていた。
連邦軍上層部はアムロらに対してニュータイプ(人類の革新)の可能性を見出す。
しかし、その力ゆえに、ホワイトベースは単独での困難な作戦を強いられる。
アムロは強敵ランバ・ラルとの戦いや仲間の死を通し、戦士として成長していくのだった。

『機動戦士ガンダムII 哀・戦士編』の感想

子供の頃に見た初代ガンダム劇場版三部作の中では、一番印象深かった映画。
ミハルのエピソードと、クライマックスの戦闘シーンでかかる井上大輔の音楽が強烈に幼い心に焼き付いていたのだ。

今にして改めて見てみると、1番目の映画と比べて、映画的な編集が少ない。
それにいいシーンがたくさん抜けている印象がある。
ランバ・ラルの敵討ちに向かう際のハモンの演説はぜひ残してほしかった。

際立っている部分はおよそ井上大輔の音楽だけなのだが、しかしなかなかどうして、音楽だけは、テレビ版では流さなかった涙さえホロリと流させるだけの力がある。
マチルダ追悼のシーンはボロ泣きしたし、クライマックスの戦闘シーンは心にヒリヒリと染み渡る感情をおぼえた。

テレビ版との違いで面白かったのは、カイ・シデンがベルファストでホワイトベースを降りたとき、ブライトさんの「半舷上陸にかこつけて許可した」というセリフが追加されていたこと。
ここはテレビ版を見ていたときに、「軍の機密を握っているのに、どうしてこうも簡単にホワイトベースを降りられるのか?」と違和感を感じていたが、やはり富野監督も同じように思い直して辻褄を合わせるために追加したのだろう。

また、その少しあと、民間スパイのミハルがホワイトベースに潜入したとき、ブライト艦長の部屋に忍び込んで、机の引き出しを開けるシーンがある。
ここでテレビ版では引き出しの中は空っぽだったのだが、映画版では小さな箱が入っている。

おそらくこれはブライト艦長がミライさんに渡すつもりの結婚指輪なのではなかろうか。

画面にさりげなくこの箱の存在をつけ足すことによって、その後で地球連邦軍のお偉いさんがミライさんに対して「フィアンセがいるんだったな」というセリフにブライトさんが嫉妬を露わにするシーンが活きてくるのだ。

さすがガンダム、芸が細かい。

↓ここから先はネタバレあり↓

機動戦士ガンダムII 哀・戦士編

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芸が細かいといえば、ガンダム格納庫でジオン兵が、爆弾を仕掛けている場所に子供たちを縛って置き去りにするシーンがあった。
あのシーンはテレビ版を見たとき、あまりの残酷さに驚いたが、ふと、子供でも切れるほど弱いロープで結んでいるのは、わざとロープを子供たちに切らせるためだったのではないかと思い直した。
おそらくジオン兵はただ時間稼ぎのために、わざと子供たちに自力で逃げられるような縛り方をしたに違いない。
まさかジオン兵も、子供たちがホワイトベースの乗組員として激戦を潜り抜けてきた強者とは思わないから、その手で爆弾を外すなんて思いもよらなかったのだ。
と、考え直して、ちょっと安心。

映画としての出来は一作目の方がよかったし、残してほしかった大事なシーンが抜けているのは少し残念だが、やはりマチルダ中尉やミハルやランバ・ラルやハモンなど、好きなシーンが多くあるし、これらを盛り上げる、テレビ版には無い音楽の効果が素晴らしいので、それなりに見る価値はある良作といえる。

評価

井上大輔氏の功績に星ひとつ追加
★★★★

Good Movie 認定


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