作品データ
原題:Fargo Season 1
監督:アダム・バーンスタイン、他
原案・脚本:ノア・ホーリー
出演:ビリー・ボブ・ソーントン、アリソン・トルマン、コリン・ハンクス、マーティン・フリーマン
制作:2014年、アメリカ
あらすじ(ネタバレなし)
2006年1月、殺し屋のマルヴォはミネソタ州ベミジーで殺しの仕事をした後、レスター・ナイガードと知り合い、彼をいじめている男を殺す。妻の尻に敷かれていたレスターは衝動的に妻を殺してしまい、マルヴォに死体の始末を頼む。警察副署長のモリーとミネソタ州ダルース警察の警官ガス・グリムリーは協力して捜査に乗り出すが……。
『FARGO/ファーゴ』シーズン1の感想
コーエン兄弟の映画『ファーゴ』のテレビドラマ化作品である。
あの映画をドラマ化する意図ってのが、よくわからない。
コーエン兄弟が脚本・監督するってんならともかく、他の人の脚本・監督だし、『ファーゴ』のストーリー自体がシンプルなもので、あの映画はコーエン兄弟が監督したからこそ傑作になったんだと思うのだ。
それをわざわざ1話1時間、全10話のドラマに引き伸ばして他の脚本家・監督で製作するようなものでもないんじゃないか。
と、見る前は思った。
それに、キャストもとくに魅力的だとは思わなかったし、まあ試しに1話か2話くらい見てみるか、くらいな気持ちで最初は見はじめたのだ。
ストーリーはオリジナルで、ただ映画『ファーゴ』の雰囲気と場所が同じというだけ。
第1話を見た限りでは、普通のサスペンス・ミステリーという印象。
やはりこれは1話だけで終わりだな、と思ったら、第1話の最後がちょっと気になる終わりかただったので、つい第2話も。
そしたらつい第3話も……
てな感じで見ていって、いつのまにかハマってしまっている自分がそこにいた。
最初は普通のサスペンスかと思ったが、あっと驚くような展開が随所にあって、もう目が離せない。
最後まで見たら、これが近年まれにみる大傑作ドラマだったのだ。
見る前は制作意図がよく理解できなかったが、なるほどこういう作品が作りたかったんだな。
と、深く頷けるまでに、他のドラマにはない斬新なおもしろさがあった。
味付けとして、映画『ファーゴ』そっくりな音楽(あ。そっくりなだけじゃない)や、聞いたことのあるセリフ、言い回し、見たことのある光景がたくさん。
例えば妊娠中の女性警官、ケチな悪党二人組、ポール・バニヤンの像など。
テレビから流れてくる音声まで細かいところにも『ファーゴ』の材料がコラージュされている。
そう、冒頭の前口上も映画『ファーゴ』で使われた大ウソをパロディ的に流用したものだ。
『ファーゴ』ファン同士で『ファーゴ』を探せゲームができそう。
(私は何十回も見ているからけっこう強いぞ)
『ファーゴ』だけでなく、他のコーエン兄弟の映画を想起させるショットやシーンやセリフもたくさんある。
例えば『バートン・フィンク』で見たようなホテルの廊下だとか、刑事二人がかわるがわるしゃべる様子だとか、壁にかかった絵だとか。
こういう『ファーゴ』&コーエン兄弟の映画を彷彿とさせる味付けはそれはそれでおもしろいのだが、何より、全体の雰囲気、カメラワーク、ストーリー運びなど、コーエン兄弟の作風をうまいこと盗んで、コーエン兄弟っぽさをよく出している。
最初はあまり魅力を感じなかったキャストも、最後まで見たらどの人もみんな脳みそのシワに刻み込まれるほどのインパクトに変わっていた。
映画版のあの見事なキャストたちの存在感に決して負けていない。
なかでも注目したいのがレスターの存在。
このレスターの人間性が、ストーリーに果たす役割が実に絶妙なのである。
↓ここから先は少しネタバレあり↓
最初は目も当てられないほどドジな男だったレスター。
ショットガンを床に落として壊したり、相手が拳をあげただけで、殴られると思って身を引いて逆に窓ガラスに顔面を強打してしまったり。
いくら何でもそんなドジ、ありえないでしょ、ってほどの悲惨なドジ男ぶり。
そのレスターが、殺し屋のマルヴォと知り合い、殺人事件を切り抜けることで、いきなり仕事もデキるし女にもモテる、スーパー営業マンに変貌を遂げるのだ。
レスターは変わったのか?
いや、人間は表面が変わるだけで、本質は何も変わらない。
この哲学が、いったん未解決のまま収束したかにみえた事件を再び動かすきっかけになる。
レスターは1年後、ひょんなところで殺し屋のマルヴォと再会し、よせばいいのに気安く話しかけ、マルヴォがそのときに着手していた計画を台無しにしてしまい、マルヴォに命を狙われることになってしまう。
このシーンで、レスターの救いようのないドジがちっとも治っていなかったことに観客は気づかされるのだ。
つまりレスターは最初、自分に自信が無く、いつもビクビクしていた。
ショットガンを手渡されても、「落としたらどうしよう」と思うから、返って落としてしまうわけだし、「殴られる!」と思うから、相手が拳を振り上げるだけで自爆してしまうのである。
しかし後半、レスターは自分に自信を持ったので、同じようなドジはもう踏まなくなった。
そのかわり、今度は自信を持ちすぎてドジを踏むようになった、ということなのだ。
また逆に、レスターはもともとキレる面も持ち合わせていた。
つまりレスターはビクビクしているとドジな部分が前面に出てきて、自信満々だと切れ者な面が表に出てくるのだ。
しかしそれぞれのフェーズでも常にもうひとつの側面は端々にチラつく。
このレスターの人物造形を踏まえて他のキャラクターを一望してみると、このドラマの主役たちすべてが同レベルのレイヤー構造で設定されていることに気がつくのだ。
極めて狡猾な犯罪者だけれども、悪質なイタズラが好きで、最後は墓穴を掘ってしまうマルヴォ。
優秀な警官だけれども、デブな女というだけで実力が認められず、思うように捜査を進められないモリー。
これらの深い人物造形を通して、自然にお話しを先へ進めるストーリーテリングのテクニック。
決して映画『ファーゴ』に負けていない。
いやそれどころか、映画版を色褪せさせるほどのインパクトさえある。
コーエン兄弟のインスパイア系ドラマとしては、まず最上級のクオリティじゃなかろうか。
最終回は、キレ者のマルヴォがレスターを全力で殺そうとして、なかなか殺せない。
なんとあの基本的にはドジ男のレスターが、最強の殺し屋マルヴォと対等に渡り合ってしまうのだ。
このあたりの攻防はもう痛快無比、抱腹絶倒のおもしろさがあった。
映画『ファーゴ』やコーエン兄弟の映画が好きなら、必見のドラマだと言っていい。
映画版を見たことなくてもぜんぜん楽しめるが、先に映画を見てからの方がさらに楽しめる。
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