作品データ
原題:Arrival
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
原作:テッド・チャン
脚本:エリック・ハイセラー
出演:エイミー・アダムス、ジェレミー・レナー、フォレスト・ウィテカー
制作:2016年、アメリカ
あらすじ(ネタバレなし)
世界各地に謎の宇宙船が現れ、言語学者のルイーズ、物理学者のイアン、アメリカ軍大佐のウェバーたちが調査を始める。ルイーズの任務は宇宙船の中にいる地球外生命体ヘプタポッドの飛来の目的を探ることだった。試行錯誤の末、ヘプタポッドの文字言語の解読がはじまる。次第にヘプタポッドとの意思疎通が出来るようになってきたルイーズたちは、ついに「地球にやってきた目的」を質問するが、それに対するヘプタポッドの返答の解釈をめぐり、地球は大問題に発展するのだった。
『メッセージ』の感想
いきなり世界各地(そのうちのひとつは北海道)に現れた謎の宇宙船。
一般市民で一傍観者だった主人公の女性ルイーズが、過去に軍の機密情報を扱った経歴のある言語学者という立場から、いきなり事態の中核に。
ここまではググッとお話しに引き込まれるが、宇宙人との初遭遇から言語を解読してゆくまでの過程は妙に非効率なやりとりが多く、ややリアリティを欠いてテンションが下がった。
それにこの映画は最初に明確なコンセプトが決まっていて、その結末に向かって登場人物が都合よく動いているような作り方をしていて、お世辞にもストーリー・テリングは上手いとは言えないところがちょっとマイナス。
最初の出発点から膨らませたような形跡があまりみられない。
いい映画ではあったが、そういう意味では内容がちょっと痩せ細っている印象。
やはり私はディテールがしっかり作り込まれた映画が好きだ。
いちばんマズイのは、あれほどの巨大な宇宙船を建造するほどの科学力を持った宇宙生命体に対して、安易に宣戦布告しすぎること。
そうしないと最初に想定した着地地点に持っていけないとはいえ、人類、そこまでバカじゃないだろう。
こういうところは何かしらもっと自然にやれたはずだ。
とはいえ、画作りがとにかく素晴らしく、飽きずに最後までおもしろく観れた。
とくに後半、ルイーズが宇宙人とサシで話しをするシーンのビジュアルはめざましい。
ストーリーを追うにつれ、宇宙人の目的はいったい何なのか、この問いに興味が集中してゆく。
↓ここから先はネタバレあり↓
途中で宇宙船が現れた地点は「シーナ・イーストンが人気のあった国」というセリフがあったが(確かにシーナ・イーストンは日本で人気があったな)、するとシーナ・イーストンの曲の歌詞にヒントがあるのだろうか。
例えば『テレフォン(=通信?)』『シュガー・ウォールズ(=壁?)』とか?
……などと、ムダな深読みをしながらグダグダ観ていたら、途中ではたと、そうか、これは宇宙人が地球の神にかわってバベルの塔の逆をやろうとする映画なのだ、ということが頭に浮かんだ。
浮かんじゃったら最後、この映画の結末を私が気にいるかどうかは、この予想を超えるものなのかどうか、が基準になってしまう。
で、結論からいうと、概ねそれは当たっていたのだが、実際のところはもっと先をゆく興味深い理論があった。
とくにおもしろいと思った点は2つあって、まずひとつは宇宙人たちが何かしらの目的を持って地球に来たはずなのに、ただそこに居るだけで何もしようとしてこないところ。
地球人たちは宇宙人たちがただそこにボーッといるだけで何もアクションを起こしてこないことに業を煮やし、言語学者のルイーズを雇ってこちらから積極的に彼らとコミュニケーションをとり始め、来訪の目的を聞き出そうとする。
実は宇宙人たちの目的はまさにそこで、彼らは自分たちの「言語」を地球人たちに与えるために来たのであった。
ただそこにやってきて何もしないことにより、地球人たちの好奇心を刺激し、自然な成り行きで言葉を学ばせようとするのだ。
そして、宇宙人たちは地球人と異なる時間の感覚を持ち合わせており、彼らの言語を習得することにより、地球人も宇宙人たちと同じ時間の概念を共有するに至る。
つまり言語を渡すことによって、時間を超越する能力を地球人に授けることが宇宙人たちの目的だったのである。
ルイーズのセリフに「彼らの言語には時制がない」というセリフがあったが、これも重要な伏線になっていたのだな。
また、最終的に中国人が宇宙人の最終目的の完遂に大きな役割を果たすことになるのだが、中国語には西洋の言語のような時制がない、という符号も興味深い。
なんでもこの映画の原作は中国系アメリカ人だそうだが、時制を持たない言語をしゃべっていた中国系の人の感性がこの物語を思いついたというのも妙に納得するものがある。
これらの、「宇宙人が何もしない」「言語に時制がない」「中国」などの一見コンセプト上あまり深い意味はないだろうと思われた要素が重要な点々となって、後に太い線でつながってゆく構成は「おおっ」と唸らせるほどのものがあった。
ちなみに先に言及したバベルの塔だが、つまりその解釈でいうと、柿の種だかばかうけだか、話題になったあの奇妙な形をした宇宙船そのものが現代の“逆バベルの塔”なのだ。
聖書のバベルの塔は
1)人類によって建造され
2)神によって破壊され
3)それをきっかけに人類は異なる言語という壁に隔てられる
それに対して、この映画のバベルの塔は
1)宇宙人(つまり神)によって建造され
2)人類によって破壊されかかり
3)最後はひとつの言語を通して人類の壁が取り払われる
みごと対称的に整合性の取れたモチーフではないか。
そしてもうひとつおもしろいと思った点は、この映画の冒頭にあるルイーズと娘とのシーン。
観客はこの一連のシーンはルイーズが過去に体験したことを回想しているのだと受け取る。
しかし実際は、これらのシーンはルイーズの未来の光景だったと後になってわかる。
ここで改めて思い出していただきたい。
ルイーズは宇宙人の言語を学ぶことにより、時間の概念を超越する能力を得て、まるで未来の光景が過去の記憶であるかのように頭の中にある、という感覚を持つに至るのだ。
つまり、冒頭で未来の光景をまるで回想シーンのように映し出すことにより、観客までがルイーズと同じ時間の感覚を追体験できる、という仕掛けになっているのである。
これは『メメント』に匹敵する映画芸術における極めて斬新な“時間感覚の表現”と言えるのではなかろうか。
最後に、ルイーズは将来、産んだ娘が12歳で死に、旦那と離婚することがわかって尚、その未来を受け入れ、自らその道を選択する。
私はここのルイーズの気持ちがなんとなくわかるし、私もその立場に立たされたら、同じ選択をするような気がする。
例え娘は12歳で短い生涯を閉じるとわかっていても、それまでの幸せな娘との日々を記憶として覚えている以上、それを自ら無にしてしまうような選択は出来ないからだ。
やはり愛する娘とは実際に会いたいと思うし、悲しい結末になるとわかっていても、それも含めて“ただの思い出”を“本物”にしたい。
運命を受け入れるってそういうことなんだな、としみじみ考えさせられた。
評価
ストーリーとコンセプトが構成美さえ醸している稀有な作品。
★★★★★
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