作品データ
原題:빈센조
演出:キム・ヒウォン
脚本:パク・ジェボム
出演:ソン・ジュンギ、チョン・ヨビン、オク・テギョン、ユ・ジェミョン、キム・ヨジン、クァク・ドンヨン
制作:2021年、韓国
あらすじ(ネタバレなし)
幼い頃にイタリアのマフィアの養子になった韓国系イタリア人、ヴィンチェンツォ・カサノは、長じてマフィア組織の顧問弁護士になっていたが、仲間の裏切りに合い、故郷の韓国に向かう。
渡韓の目的は身を潜める意味合いもあったが、ソウル市内の雑居ビル「クムガプラザ」に隠匿されている大量の金塊を入手する為でもあった。
しかしクムガプラザは、数々の不正行為や犯罪に手を染めている巨大企業「バベルグループ」の手に渡ってしまう。
プラザを取り戻すべく、住人や弁護士チャヨンの協力の元、バベルグループに戦いを挑むヴィンチェンツォ。
果たして、ヴィンチェンツォの毒を持って毒を制す作戦でバベルは倒せるのか?
『ヴィンチェンツォ』の感想
ストーリー導入部の巧みさについて
イタリアでマフィアとしてめざましい活躍をしていた韓国人が、引退前に本国でひと仕事、と思って帰国したら、韓国は金持ちから政治家まで、権力者がのきなみマフィアみたいな国だったからさあ大変、思わぬ苦戦を強いられる、というお話。
韓国ドラマはいつも、権力者に虐げられた下層の一般市民のルサンチマンが爆発したようなストーリーが多い。
しかし今回の主人公はイタリアでブイブイいっていたマフィア。
このマフィアの主人公が、雑居ビルの地下に眠っているお宝を掘り出す、という設定で、ビルを買収しようとしている巨大企業バベルを相手にとり、雑居ビルに店を構える小売店の店主たちを助けるという流れで、最下層の一般市民の側に立たせる流れにしている。
なるほど、このストーリーはうまい。
この点、ヴィンチェンツォが韓国にたどり着いていきなり盗難に遭い、身ぐるみはがされたのは象徴的だ。
ここで主人公はいったん丸裸になって、韓国の一般市民の味方になり、韓国の権力者たちと戦うのである。
やっかいな点について
そんな感じで、設定やストーリーはかなり面白いのだけれども、1話1話が85分くらいあって長すぎる上に、毎回とんでもないつまらないギャグやおかしな展開がある。
例えばヴィンチェンツォが霊媒師に化けてマスコミを騙すところとか、裁判中に蜂を放って裁判長を蜂の巣にしちゃうところとか。
だから毎回、必ず一度や二度はもうこのドラマを見るのやめようかな、と思うのだが、どうしても先が気になるスリリングな展開があって、つい次の回を見てしまう。
なかなかやっかいなドラマなのだ。
このストーリーなら、ユーモアなんてなくても完全シリアス路線でじゅうぶん面白かったんじゃないかと思うのだが、いかがなものか。
ちなみに、このドラマ最大の問題点はこの後に待っているのだが、それは最後に言う。
さりげなくヒッチコッキアン
第1話の冒頭で、背景に飛んでいた農薬散布の飛行機が、シーンのラストで前面に躍り出てくる展開があって、これはヒッチコックの『北北西に進路を取れ』のオマージュ。
最初の方で一回だけ飛行機がアップになるカットがあるのは映像IQ低いが、それでもなかなか悪くない巨匠のテクニックの流用だと思った。
他にも第7話の乗馬クラブでのハニートラップは『汚名』だし、第13話でハンソが豚の血を浴びるくだりはヒッチコッキアンであるデパルマ監督の『キャリー』を想起させる。
斯様にこのドラマ、なぜかヒッチコックのパロディが随所に散見されるのだ。
↓ここから先はネタバレあり↓
しかしこのドラマ最大のヒッチコック要素は、チャン・ジュヌの存在。
チャン・ジュヌが黒幕の大ボスであるという事実を、先に視聴者だけに教え、視聴者はそれを知っているのに、登場人物はそれを知らない、という状況を作り出すことで、サスペンスを盛り上げる手法。
これは『めまい』や『フレンジー』などでヒッチコックが使った定番のテクニックだ。
あと、ヒッチコック以外の注目すべきパロディに聖書の引用がある。
バベルという企業名を見てピンときたが、チャン・ハンソクとハンソの兄弟が争う展開は、モロに聖書のカインとアベルではないか。
韓国ってどういう国なんでしょう
さっき、これはかなりやっかいなドラマだと書いたが、後半になるとさらにおかしくなる。
序盤はヴィンチェンツォが敵と一進一退の攻防を繰り広げる社会派サスペンスだったのだが、後半はもう、ヴィンチェンツォが相手をやり込めるカタルシスが売りの暴力ドラマと化してゆく。
頭脳プレーや裏のかきあいを駆使したやりとりはそこそこで、それこそお母さんを殺したり、バベルタワーの模型を壊してそれをこれみよがしにスマホ動画で見せたり、本当にもうただの負の連鎖。
この負の連鎖の殺人・暴力ショーが、それまで真面目に弁護士をやってきた人たちだとか、一般の商店街の皆さんたちまで巻き込んでとどまるところを知らない。
会話シーンまで、いつの間にか皆んな「殺すの」「殺さないの」などというセリフを息を吸うように言っている。
最終回もモロそんな感じで、ラスボスのチャン・ハンソクを捕まえる過程はそれほど考えた感じではなく、いかに拷問してできるだけ苦しめて殺すかに焦点が当てられたクライマックスになっている。
こういうのは韓国の国民性だろうか。
しかし最後までこのドラマを見てしみじみ思うのは、ハンソクが悪いやつなのは、産まれながらの病気だからなのだ。
ハンソクというキャラクターは、人を殺す衝動を抑えきれない癖を持って生まれてしまった人間として描写されている。
それを考えると、彼が拷問を受けて苦しんでも、涙を流して命乞いをしても、ぜんぜんスカッとしない。
後味の悪さしか残らない。
そういえば第1話で、「アリガトウ」と言われて韓国人がキレるシーンがあった。
ああいう、まったく必要性を感じない日本のディスりとか、こういう陰険なシーンがあるから韓国はとやかく言われるのだ。
個人的に付き合う韓国人はいい人ばかりなのに、なんなんだろうこれって。
(ビジネスでの付き合いは騙されたりしたけれども)
悪くないオチについて
そしてラスト。
主役のヴィンチェンツォはどうなったか?
ヒロインと結ばれてカタギに、という結末がありえないことは最初から分かりきっている。
女子供や善人には手をかけてこなかったとはいえ、これまで殺生を重ねてきた彼の物語に、「めでたしめでたし」なんて着地地点はドラマとして成立しえない。
フランス映画の『レオン』みたいに「死ぬ」というのは一番簡単だが、さて、このドラマのラストはヴィンチェンツォを殺すのか?
なんとなく、そんな空気は漂ってないな……と思いつつ見ていったら、なんと最後は、彼はこれまでの業を背負いつつ、必殺仕事人として生きてゆく、というラスト!
ま、これはこれで、落ちるところに落ち着いた感じで悪くないね。
評価
ストーリーは面白かったけど、これまで見た韓国ドラマの中では、ちょっと問題の多い作品でありました。
★★★★★
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