『リップヴァンウィンクルの花嫁』serial edition 上手な人間の騙し方

リップヴァンウィンクルの花嫁
出典:imdb
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作品データ

監督:岩井俊二
原作:岩井俊二
脚本:岩井俊二
出演:黒木華、綾野剛、Cocco
音楽:桑原まこ
制作:2016年、日本

あらすじ(ネタバレなし)

七海はSNSで知り合った鉄也と婚約する。しかし七海は結婚式に出席してくれる親戚や友人が少ないので、「何でも屋」の安室に出席者のサクラを依頼する。
無事に結婚式が終わった矢先、鉄也の浮気が発覚。しかし鉄也の母から、逆に浮気の疑いをかけられ、七海は家を追い出されて離婚させられる。
家と夫を失い、路頭に迷う七海に「何でも屋」の安室は他人の結婚式のサクラのバイトを紹介する。そこで七海は真白という女性と知り合う。
続けて安室は七海に新たにメイドのバイトを紹介するのだが……。

『リップヴァンウィンクルの花嫁』serial edition の感想

「リップヴァンウィンクル」というと松田優作を思い出すが、元は19世紀のアメリカ文学の登場人物だそうだ。
ちなみに元の小説はアメリカ版『浦島太郎』みたいなお話しで、現代のアメリカで「リップヴァンウィンクル」というと「時代遅れの人」「眠ってばかりいる人」を指す慣用句になっている(wikipedia情報)らしい。
まさにそんな感じの、ちょっと時代についていけなさそうな、消極的で世間知らずな女性・皆川七海が主人公。

これは180分の映画として制作されたものを再編集して6話構成のドラマにした別バージョンとのこと。
各話40分だから計240分もの長尺になる。
ちなみに劇場版は未見。
(現在は見ています。感想はこちら

岩井俊二らしい自然な演出にリアルな人間模様が鋭く描かれている。
例えば第1話で七海がひさしぶりに友達と再会するところ。
その友人は七海に最初「AVって見たことある?」と話題をもちだし、七海が嫌がるのに無理やりAVを見せる。
初めてAVを見る七海はショックのあまり気分が悪くなってしまう。
そんな七海に友達は「ごめんね。刺激が強すぎちゃったかな」と申し訳なさそうに謝りつつ、過去にAVに出演したことを告白するのだ。

ここなんて、なんとなく女同士って怖いな、と思った。
一見、相手に気を使っているようなふりをして、あなたも汚れた世界にいらっしゃい、と優しく手招きをしているような心理を感じたのだ。

七海はネットで知り合った男性と結婚するが、相変わらずゆるい不幸がちらつく平凡さのなかに破滅の香りが漂い続けている。
第2話など前半まるごと結婚式だが、この表面的には華やかで楽しそうにみえる祭典も茶番にしか見えない。

安室という胡散臭い男が登場してからは、この「汚れた世界からの手招き」「破滅の香り」が濃厚になってきて、これは都会のカラクリに主体性のない女子が絡め取られて破滅してゆく、みたいなお話なのかな、と勝手に物語の先行きを想像している自分がいた。

ちなみにこの安室という男の仕事っぷりが何気におもしろい。
平たくいうと「何でも屋」なのだが、都会にはこういう人脈だけを資本にした正体不明な仕事人が実際に存在する。
客が仕事の駒になり、駒が客にもなる。
そうしてネットワークという資本がさらに拡大してゆく。

このドラマを最後まで見てから、この安室という男がストーリーに果たす役割を思い返すと、岩井俊二氏のアンテナの鋭さとその脚本への応用力の才能が図抜けていることがわかる。

この安室が物語の中盤で七海に謎の仕事を紹介するのだが、これがまた妖しさ満点。
七海はいったいどんな方向へと導かれているのか、興味は尽きない。

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そして第5話で、七海は安室から、この不思議なバイトの衝撃の真実を聞かされる。
ここで「こういう物語だったのか、このドラマは!」と意外な展開に目の覚めるような感動を覚えた。
いい意味で新鮮な予想ハズレだった。

ふりかえってみたら、このドラマほど楽しそうな場面になんともいえない不安が息づいていたり、明るい未来がちらついているようで先に進むのが怖かったり、明の下にほのかな暗がひそんでいるような、とりとめなさを感じた物語は今までなかった気がする。

そして最終話。
楽しそうに人生を輝かせる2人の女子がまぶしくて、それなのにほのぼのと破壊へと向かっているような、それまでこのドラマでずっと感じていた明の下の暗が最も強烈な形で目に飛びこんでくる。
ウエディングドレスを着て楽しそうにはしゃぐふたりを見ながら、ああ、この子たちには最後は幸せになってほしいな、でもダメなのかな、と半ば諦めた気持ちで、どうせ破滅に向かうなら今のこの楽しさを存分に、この2人とともに、見ている私も味わおう、なんて思いながら見ていた。

そしてその感覚が見事な形を伴うように、最高に楽しい夜から、いきなり悲しみのどん底に。
真白の白い骨がウエディングドレスのあの眩しい白さと重なる強烈な風景のあと、生前の真白の病を知る同僚のセリフで、すべてが明かされる。
そうか、真白はどうせ死ぬならこの瞬間に、って思ったのだな。

悪夢のような悲しみが去ってみれば、そんな悲しい物語ではなかったんだな、と。
寂しさにとりつかれていたひとりの女性が、その死を前に、限りなく最高の幸せを手にすることができた物語、ってことでいいのかな、これは。

こんなほんのりとやすらかなラストが待っていたとは思わなかった。
このドラマには最初から最後まで裏切られてばかりだった。

そういえば安室という男も、途中、七海を騙していたところがあったが、あれは義理の母に依頼された仕事をきっちりこなしていたというだけで、最後まで見てみたらちゃんと血の通った気遣いが出来るいいヤツだった。
七海に目をかけ何度か仕事を紹介したのも、「ランバラルの友達ですから」という口実で、実は仕事とはいえ騙してしまった埋め合わせをしていたのではないかしら。
真白の葬式に「家族」を呼んだのも、安室の判断だったように思う。

素晴らしい脚本。
素晴らしい演出。
そして素敵な物語。

いい映画をありがとう。

劇場版はこれと編集が違うそうだが、そちらはどんな内容になっているのか楽しみだ。

評価

私は『花とアリス』という映画が大好きなのだが、あれと同じくらいよかった。
★★★★★

Good Movie 認定


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小説『リップヴァンウィンクルの花嫁』 (文春文庫)
黒木華写真集 映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』より
「リップヴァンウィンクルの花嫁」オリジナルサウンドトラック(岩井俊二監督作品)Bride – wedding scores for rip van winkle

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